2012年8月28日火曜日

「障害」と「支援」


2012年8月28日 平出 田鶴子

 社会学者の星加良司氏の見解によれば、一言で「障害」とは、社会現象であるとおっしゃっている。障害者は「手足が動かないことによって、不利益を被っているのではなく、手足が動かないと困るような社会であることによって不利益を被っているのだ」と当事者は主張したのである。

 社会現象に対応する社会的対応の中には、制度も人的サービスも含まれているわけである。制度には、時の政治感覚や財政の制限も深く受ける。人的サービスについても、障害者と非障害者との間に厳密な相補人間関係が存在する。障害者からするならば、非障害者に対しては「ただ手足になってくれればいいんだよ」という場合もありましょうが、精神障害に至っては、障害に至った原因もまた、文明社会現象の影を大いに宿しており「自己決定」は医療の連携を欠かすことが出来ないし、かといって歴史的にわが国は医療偏重の影響の中から、福祉、介護の未然さをつくづくと思い知らされながら、私は実践現場を経験している。

 自立支援法という現法の中で、共同生活介護(ケアホーム)の「らら」「りり」」「るる」の三障害の障害者の夜と朝、そして生活介護、就労継続Bのつまり、多機能型の昼間の自立支援に向けて、この4年間は日々、我とわが身の闘いの連続であった。一人一人の成育歴と医療歴と、素質と年令差と、三障害者への支援の最も具体的な悩みは、高齢福祉介護とは、全く別の理念と観察力を持っていなければ、役に立たないのだと言う処までに至ったことである。

 健常者の高齢者ならば、「自己決定」というものは、最も尊重されて、しかるべき原則ではある。けれど、星加氏は「ディスアビリティ解消の実践と論理」の項で、ある障害者は「自己決定」ばかりやっていると「自己中心になってしまう」と言う言葉を発見して、私はハタと手をたたいたのである。

 私は「らら」「りり」「るる」「つるの里」の実践現場で、支援員さん達にこの頃こう言い切ることにしている。対象者さんには「良いことは良い」「「悪いことは悪い」「右は右」「左は左」とはっきり対話をもって対応する。当事者には「自己中心」に至らない「自己決定」の規範を持って選んで頂く必要を痛感する。高齢者介護における優しい手を出すサービスよりも、毅然とした「視力」と、心を開いた「聴力」とが習慣的にスピード性をもって保たれる必要があるのである。

 障害者・当事者の例からするならば、こちら側は空気のようなものであってよいのであろうけれど、支援する側は素人であっては、これは実行不可能であろうと思う。それなりの訓練を繰り返していきたい。しかしプロの始めは皆素人である。素人とて、障害のあるなし関係なく、人に笑顔で接すること、対面することは誰にでも出来るのである。