2009年9月吉日 平出 田鶴子
「幸せをもう一つずつ」 ― 介護のプロになる本 ―
神奈川新聞社出版部の御努力により、お近くの書店、新聞販売店にて販売が始まりました。
介護の世界で働いて居られる方々、ご苦労様です。 これから介護にかかわる方々、待っています。
人が人を支える仕事は人間の本能からは程遠いものです。特に食べられる世の中になった私共日本人は、「私は幸せなのに・・・・・・不幸せな人が居てよいものだろうか?」と考える迄には時間がかかります。勇気や理念も時としてぐらつきます。訓練を重ね、失敗もくりかえしそれでも活動しつづけて「まこと」 が見えて「自己実現」に至るのかなぁと―。 素晴らしいプロに出会えたとき、私はまばゆい想いをいたします。50年の現場人としての3冊目の本です。
介護保険法や自立支援法が生まれ、お客様よばわりされても、高齢者やその家族、障害者やその家族は果していまお幸せなのかなと 片時も目を離さずに努めてまいります。
皆様にこの一冊が、一歩明るい未来を築かれますように、祈りを込めて贈ります。
2009年5月7日
ブログから本の出版へ
介護保険制度が始まって、第1回の3年目の制度改正に向って、介護現場からの声をお届けする意味で 「ホームヘルパーが支える介護現場」 を出版しましてから今年は7年目になりました。
ケアマネジャーの声もお届けしなければならないし、高齢者の問題だでけでなく、障害者や子育て支援や、地域の特性を含めたご利用者様のお立場も、明治、大正、昭和と年代を重ねた時、社会性、時代性が様々に異なってまいっていると存じます。
アメリカの住宅金融問題に始まった不況の影響を受け、「製造業での失業者が増えたからと云っても、介護現場の人材は増えませんよ」 とよく言われるのですが、介護現場はキツイ、キタナイ、ヤスイと云ったイメージがどうもおかしいのです。 おかしい原因も私達は判っていますので、そこを含めて
「 幸せをもう1つづつ-介護現場のプロからの贈り物-」 を秋までに版行する運びとなりました。解かりやすいものにしますので、どうか手にとって読んで頂ければ有難く存じます。
2009年5月5日
障害者と家族
純粋に人間力の持つ 「遊びたい」 「知りたい」 「学びたい」 「働きたい」発露に具体的な支援が得られないで、障害者は悩んでいます。抑圧され、差別され、利用され、放置されることも多いのです。
「一緒に」 と云う処がむつかしいので 「わがまま」とか 「勝手」とか言われています。ますます自分の世界に閉じこもり、薬づけにあっている人も多いのです。よく家族の協力を促されるが、私は成人年齢に達した場合、なるべく家族はいい意味でも、悪い意味でももう少し客観的な立場に立たせてもらえないものかと思うのである。家族はプロのネットワークが世の中に無いからいつまでも関わらなければならないのです。家族は障害者にとって「逃げ場」でもあるが、格好の自立支援を阻む者でもあることを知らなければならなりません。家族にはエゴも限界があります。
障害者の個別性を早くから受容させる必要があり、プロの支援者のネットワークが特別支援学校や、医療機関も含めて必要なのです。それは、かならず家族から信頼を寄せられるものでなければなりません。グループホームや作業所の職員は家族の対応において、ケース毎にあまりにも大いなる違いにとまどい、独り親もまた多いのを知ることとなるのであるが、それは健常者を育てる場合と大いに違い
社会差別を親の側も沢山経験し、その経験の痛みの中から生まれる一種独特の関心が異なる。
苦難の途の年月が長ければ長い程「この子を残して死ねない」と云いつつ、老いてゆく。これは何とかしなければならないのである。優れた他人の支援者のネットワークが必要となります。障害を負っても、人間の尊厳の前に愛され、理解され支えを受ける時、いつでも人は素直になれるのではないだろうか?長寿社会は、障害者も同じなのだから。
2009年3月30日
障害者自立支援法の現場 その2
20歳の女性のこんな事例に遭遇しました。高校2年ごろからいじめに遭い、リストカットと異性交渉を重ね医師からは人格障害と診断され、精神病院に3年間入院しようやく社会復帰を致しました。それから約3ケ月目でした。メールで異性にアタックして、乗ってこられた51歳の男性の許に走りました。「一晩中手枕をして頂いたやさしさがうれしかった」と。そうして母親は「今まであなたにはどんなに困らされたかわかりゃしないよ。お母さん自身自分をどうしていいかわからない。あなたを受け入れることが出来ない。」しかし母親は地区のソーシャルワーカーと共に精神科の医師のカウンセリングと診断を受けるために病院の予約をとっています。その間ご本人は仮の入院をしてまた社会復帰に向おうとしています。
この事例に表われていますように、家庭や医師、病院だけであるいは地区のソーシャルワーカーの尽力を加えても、これからの彼女の人生を幸せに向わせるには、沢山の社会資源、人的資源を必要としている現実があります。これ程、福祉系専門学校、大学が増えていますし、ホームヘルパーの養成機関も修了生を出していますが障害者への対応として、実践現場で本当に踏ん張って他者理解を可能にされて居られる方がまだ不足しています。
マスメディアの云う処の、介護現場はまるできつい、給料が安い、人が少ないとそういう云われ方というものは、いつも働いてお金をもらうということの発想の言葉であり、決してご自身がかかわろうとされない方々の発言のようにしか思われません。障害者の立場に立った支援者としてならばフォーマル、インフォーマルを問わずまず「いくらもらわないとやらない」という発想からではなく、此処に泣いている人がいるから涙をぬぐうハンカチを差し出すといった簡単なかかわりかたがあるのです。障害者と家族への支援の本質が必要です。
2008年10月21日
障害者自立支援法の現場
自立支援法における支援区分の1~6区分と、介護保険法のおける支援区分の要支援1,2要介護1~5とは区分認定の方法において役所の権限が大いに違います。此処に現場が強くならない原因が含まれています。現場の質が向上する為には、現場が開かれたものであって、金と権力から離れた処から第三者評価を受けることも大切でしょう。知的障害、精神障害に至っては、本人と家族の力関係もあって、真に高度なプロフェッショナルな実践と研究が繰り返されない限り,障害がより深まってゆくような環境になっている場合も多く存在しています。
大学や大学院等の研究機関に、出来れば教授クラスの医学や心理学、社会心理、社会福祉、法律研鑽者の優秀な人材が、いつでも障害現場に出入りしながら、行政とかけあい、何を公募で、何を自費で負担し、誰がどう対応して、障害を軽くさせるかのチームワークを計らなければ効果は上がりません。
自宅もしくはグループホーム、ケアホームと昼間の作業所、授産所、ディケアー等との連携のもとに、人的資源が何よりも欠かせません。それは差別でも、逆差別でもなく人は長生きをすれば、高齢者になるのが当然のように、健常夫婦から障害者が生まれたり、中途障害になったりすることが、当たり前の世の中に私共は住んでいます。
かって親や夫の介護に半生をかけたと云うお嫁さんや、娘が表彰された時代がありました。今や「介護」が美談になりえないこととなったように、障害者こそ核家族の少人数の中で「この子のために私は美容院に行ったこともありません。」そして「お世話になります。」「すみません」と親子一体感の強い我が国にあっては、成年年数をはるかに超えてもなお、家族をあてにする障害者制度の見直しを必要と考えながら、私はケアホームを経営しております。
2008年9月10日
要介護状態の65歳以上の方々の中に、障害を持っている方は60%以上いらっしゃいます。この方々は介護保険法で対応出来るのですが、若年障害者、児の方々については、自立支援法となって措置の時代を脱しましたが、一割負担とは言え、障害者が大きなお金を稼げる人は良いのですが、知的障害も精神障害も身体障害も、障害故に収入の途が途絶ええている場合が多く、サービスの自己負担分を支払うのに困難をきわめることも多々あります。
憲法でいうところの成人20歳を過ぎていても、親兄妹に支払い能力がある場合は、どのように高齢になってもこれら肉親が障害者の肩代わりをして支払ってあげています。一方では、親、肉親は20歳を過ぎて、作業所や授産所に対しても、我が身が本人に成り代わって、身をちぢめて対応されているのを見るのです。
2008年8月20日
親の立場【これは日本人の特徴なのでしょうが】からすると、自分が死んだ時、安心して頼みにできる人や作業所やケアホーム、グループホームがあればいいなぁと思っています。ソーシャルワーカーで、詩人でいらっしゃる東京の「ゆきわりそう」の姥山会長さんと職員さんの20年にわたる足跡を拝見していて、全国に民間のこう言う組織が大切なのだと深く尊敬しております。
少なくとも、障害者に携わって働く人は、介護保険制度における最低でも2級のホームヘルパー養成研修の必修が大切でしょう。障害者は、最もデリケートな自己保存精神を駆使して、必死で生きてゆこうとしています。もし相手が少々高圧的に出ても、無神経な健常者であっても、生きてゆく為の狭い選択世界の中で、息をひそめたり、高めたりしています。
長寿社会の到来の中で、真にプロフェッショナルな職員の養成を必要とする時代がまいって居ります。